MY craft house とんび我楽多堂  車輌工作日誌

集団偏重から個人重視の政策への転換

2014/7/15レイアウト製作ブログからの転載です。
雲行きが怪しくなってきた自民安倍政権の行方と自民党に対する提言としてまとめたものです。

 前の2回で自民と財務省が突き進める増税路線が国民経済に深刻なダメージを与えはじめていることを書いています。



 自分は自民党の経済政策を批判してはいますが、外交・国防のことも含め考えると今の安倍さんが最も首相にふさわしく、これまでも絶妙なバランスで政権運営を進めてきたと評価しています。今のカオス状態の野党を見ていると自民党以外に政権担当能力を有する政党がなく、あと1~2年は安倍氏に安定した政権を握ってもらうことが多くの日本国民にとって最善の選択となってきます。

 逆をいえば今自民や安倍さん以外に選択肢がない状態にあるからこそ、自民や安倍さんは経済の舵取りをしっかりしてもらわないといけないのです。財務省と一蓮托生になってしまうような今の動きから抜け出してほしいところです。



 前置きはさておき、私が永年自民党という党に対し考え方を変えてもらいたいと願い続けていることがあります。それは”個人”を尊重せず蔑ろにしてしまう思考です。

 戦前・戦中までの日本社会は「滅私奉公」とか「官尊民卑」という思考が強く染み込んでいました。徹底的に”個人”や”私”という概念を否定し、国家という集団に個々人を埋没させてしまうものの考えです。戦後50年を超えましたが未だどこかに多くの日本人がこの思考から抜け出していないのです。

 自民党が憲法変更案を出しましたが、ここでも見事”個人”が否定され国民は単なる”人”として扱われていました。http://www.liveinpeace925.com/commentary/atcafe130224_individual.htm 今は自民側が変更案を修正して”個人”という概念を復活させているのですが、どうはともあれ国民ひとりひとりを独立した個人(individual)として見なしていない自民党議員たちのの本心を覗かしています。結局個人の判断に任せてしまうとそれぞれ身勝手な行動を取ってしまうからお上である国家が判断し命令してやらないといけないという驕った中央集権主義思考から卒業できていないのが自民党議員でしょう。



 憲法のことはともかく行政面においても自民党がとってきた政策は個人ではなく国家や企業・団体など集団の利益を優先させる傾向が強く感じられました。

 自民麻生政権がリーマンショック後採ってきた経済政策ですが、不評だった定額給付金を除き個人の救済よりも企業や団体に金をバラ撒くことを優先させています。派遣切りでいきなり職や住居を失い路頭を彷徨うことになってしまった個人に対し直接援助するという形ではなく、企業に雇用促進助成金を撒いてしまったりエコカー減税や家電エコポイントのように実質特定企業向けとしか思えないような補助金バラマキをやってしまったために国民から総スカンを食らいました。

 民主党は当時スローガン「コンクリートから人へ」というスローガンを掲げていましたが、この言葉に多くの有権者が靡き民主党に政権を与えたのも、個人の救済を蔑ろにしてきたこれまでの自民党流経済政策への反発だったと私は解釈しています。

 これは自民政権ではなく民主・菅直人ならびに野田政権のときの話ですが、東日本大震災の復旧復興支援策においても個人の救済よりも団体への補助金給付が優先されてしまっています。

 ”公共のインフラ”とされている道路などについては復旧が割と早いスピードで進んだのですが、震災の津波で家屋や店舗をはじめとする財産や職場を失った個人に対する救済については復興予算があまり回されてきませんでした。

 経済学者の原田泰さんが津波で家を失った被災者に住宅再建のための補助金を出し、住居の選択については各人の判断に任せるやり方を採った方が安上がりで復興できるという政策アイデアを出されていました。http://wedge.ismedia.jp/articles/-/1494 ところが日本の役人は天災による個人財産を公費で補償することは憲法違反だなどと言ってこうした政策アイデアを潰そうとするのです。

 あと被災した中小企業の設備や施設の復旧費用のグループ補助金制度についても中小企業にとって申請が極めて面倒で難しく使い勝手がものすごく悪い制度でした。これも個々の私企業に公金を出せないから、いくつかの企業が共同で地域の復興にどのような貢献ができるかという提案を出して”公共性”を示して補助金申請をしなさいという格好になっています。

 東日本大震災は民主党政権下で起きたことですが、菅・野田政権共に実質自民党・公明党の傀儡政権となっていたので両党にもその責任の一端があります。



 ともかく国家は国民個人から税金を捲揚げるけれども、国家が国民個人を救わないという図式が定着してしまっていることに私は腹立たしいものを感じています。何か一方的に税金を払う義務や国家に対する帰属意識や忠誠心を持つことだけを押し付けられているのって変じゃないですか?国が個人のために何をするのかをもっと問い詰めていくべきではないでしょうか。



 昔大映テレビが制作した「スクールウォーズ」のOPで「ONE FOR ALL, ALL FOR ONE」というフレーズが流れてきました。ドラマでは「皆は一人のために 一人は皆のために」という解釈で使われていましたが、国民と国家の関係もそうあるべきだと私は思っています。公は個人を尊重する義務があり、個人は公のために貢献する義務があるのです。欧米圏においてpublicとprivateについても両車輪と同じでアンチノミー関係です。日本国憲法の思想的バックヤードにも同じ考えがあります。



 日本社会を見ていると「滅私奉公」か「滅公尊私」のどちらかしかありません。

 本当は「尊私奉公」であるべきですし、日本国憲法の理念もそうです。



 いろいろ書いてきましたが、自民党もそろそろ「尊私奉公」型の思考を持つべきでしょう。

 滅私奉公型思考から脱却しないと、再び麻生政権の二の舞(まえ)になりかねません。

 一見右傾化が進んだと云われている日本国民の世論ですが、オセロ玉のようにあっという間に白黒逆転する可能性があります。私は既にその予兆が現れかけている気がしてなりません。(決してそれを喜ばしいことだとは思っていないが・・・・。)
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by mycraft-tonbi | 2014-07-24 05:00 | 世情
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